閑 話 〜葉桜の声

 


  風が強いのかな。
  それとも、
  花が散ったその後の、葉桜の木葉擦れの音だからかな。


   ――― ざあぁぁ………っっっと、

クラブハウスを包み込むような勢いで、
唐突に強い俄雨が降り出したような音がして。
すぐ傍らの大窓の外、曇りガラスの向こうで、
たわむように揺れてる影に視線がいった。
風に揺れ、何度も何度も大きくしなっては、揺れてる枝葉。
そういえば、ここの敷地には桜が多かったなぁと思い出し、
少しほど火照ってた頬を冷ましながら、ぼんやり見てる。

  頬をつけたままの、ほんのりと汗をかいてる広い背中。
  よくよく鞣(なめ)した革みたいな感触が、
  ちょっと冷たくて気持ちいい。

窓を見ていた視線を手元へ降ろせば。
脱いだばかりのシャツを、無造作に掴んだまま、
自然とそこへ下がったのだろう、大きな手が視野に入って。
がっつりと頼もしい手だなとあらためて思う。
そこから連なる前腕も二の腕も、それから肩も、
惚れ惚れするほど見事な仕上がりだなとぼんやり思う。

 ――― 相変わらずに救いようのないアメフト馬鹿だなと、

按配はどうだと話の切っ掛けをくれるくせに、
そんな言いようで蛭魔さんから笑われるのもいつものことで。
ホントはね? いつだって逢いたい人、愛しい人。
でも、お互いにさして要領がいいわけでもなく、
小粋でシャレたあれこれにも通じてなんかいないから。
お互いの存在は傍らにキープ出来て、さて。
ボーっとしているのも何だしと、
待ち合わせた場所が進さんの大学だったことを幸いに、
グラウンドを走ってみたり、
ちょこっとだけ真っ向からの当たりのセットアップをしてみたりもし、
汗をかいたのでと着替えに来たクラブハウスだったのだけれど。

  ……………。

顔を上げた かすかな身じろぎが伝わったのか、
よくよく発達した筋骨が速やかに反応する。
間近だったかいがら骨が くっと浮いた。
背中の筋肉が連動を見せて小さく緊張したのが、
くっつけていた頬に胸に、直に触れて分かった。
どんなお顔をしてるのかな、そんな悪戯な気持ちが沸いたほど、

  変だな、ボク、妙に落ち着いてる。

そもそもは、他愛のない言葉の綾みたいなことが始まりで。

  『………背中、触ってもいいですか?』

いつだって大人で冷静で、懐ろの尋も深くって、
わたわた慌ててばかりの小さな瀬那を、宥めてくれる余裕が。
頼もしいのに、惚れ惚れするのに、
落ち着くなさい大丈夫だぞと、和んで優しい深色の眸が大好きなのにね。
どうしてなのかな。
今日は何でだか、
セナと視線が合った刹那、戸惑ったようなお顔をした進さんだったので。
それからそれから、
何でだか、気まずそうなお顔で視線を逸らしかかった進さんだったので。
そのままあちらを向きやすいようにって、そんな唐突なことを言っちゃって。
それで気がついたのが、あのね?

  “あ、そうだ。
   ボク、進さんの背中って、そういえば見たことないんだ。”

フィールドでは真っ向から対峙し合う同士っていうシチュエーションを、
わざとに選んだボクなんだから仕方がないけど。
日頃もそういえば、見たことがないような。
いつだってちゃんと向かい合ってくれる人だからね。
それでかな?

  「……………。」

着替えていた途中だったからって、
シャツを脱いであらわになってたその背中は、
やっぱり見事な隆起と、それを縁取る陰影がかかってて、
そりゃあ雄々しくて精悍で。
でも、無駄なく、実用的に絞られた身体だと判る。
衝突の衝撃を和らげる鎧と、パワーを蓄積する厚みとそれから、
瞬発力や柔軟性も十分に備えている、
持ち主の意のままに機能する理想の身体だと、
そのまま象徴している大きな背中。
じっと動かない進さんだったので構わないということか。
ならばと、そおって手を伸ばして触れてみたらば、
案外冷たくて、でも触れたままでいるとそこから温かくなる。
ちょっぴり調子に乗って両手で触れてみて、それから。
ぴとりと。頬をくっつけて寄り添ってみたら。
向こうを…そっぽを向いてる進さんなのにね。
何でだろ、とっても落ち着けた。
風の音に気を取られるほど、気持ちのよそ見が出来ちゃったほど。

  「…小早川。」
  「はい。」
  「まだダメか?」

おしおきなんかじゃあないのにね。
そんな風に訊かれて、え?ってびっくりしちゃったセナくん、
慌てて身を剥がすようにして離れたが。
こちらへと振り向いて来た進さんもまた、罰が悪そうなお顔をしていて。

  「良からぬことを思ってしまったからな?」
  「……………はい? //////////

おしおきだと、やっぱり思った進さんだとしたならば、
一体どれほどのどんな疚しい想いを心によぎらせたことやらで。
相変わらずに可愛らしい、純情な方々みたいですねと、
クスクス笑ってるみたいに、窓の向こうの陰が揺れてた、
ちょっぴり花曇りの昼下がりのことでした。





  〜Fine〜 06.04.08.


  *なんのこっちゃな散文ですいません。
   進さんの大きな背中に、ぴとってくっついてるセナくんという、
   甘甘な情景が、ふっと浮かんでしまったもので。
   そのままおでこをぐりぐりってくっつけて、
   進さんに甘える図というお話にしても良かったのですが、
   ウチの若奥さん、真っ昼間っから、しかも自宅外でとあっては、
   そこまではまだ無理みたいなので…こんなもんで。
(苦笑)
 

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